【2017.12.3】 今日も feel so good !
"君たち"より私は本当に難病を理解しているのか
それが問題!
先日の中途半端なブログになり失礼しました。
私は「下垂体患者の会」に所属し
協力できる事と言えば、署名の協力が精一杯。
講演会にも行けないし。。。
でも
会の中の人のMさんとの
これまた不思議なご縁があって
相談したり、愚痴をこぼしたり、
納得いかないことを相談すると
適切なアドバイスを下さる。
患者の立場からの医師との関わり方や
多面で教えて頂き
♥私ってツイてるな~♥と思っていますw
。。。。〇。。。。。。。。〇。。。。。。。。〇。。。。。。。。〇。。。。。。。。〇。。。。
さて、今日は国内での「脳外科」医療機関の現状について
感じた事を書いてみたいと思います。
★国際レベルでは?
日本は多面において世界的にトップレベルの国で、医療においてもトップクラスもありますよね。
しかし、残念ながら「脳外科」に関しては最下位だそうです。
「脳外科」に関しては、他の国では国で一貫して医療制度を作らないと
医師も何も育たないことを踏まえて、その機関を行っている。
なるほど
日本でトップと言われる医師は、まず自費と医薬品会社などの補助を受け
海外へ勉強しに行きます。
そして、戻ってから日本と海外を往復しながら更に技術を磨き
その後に
日本の若い医師にその技術を伝授しているのでしょうか。
「脳」は人間の生命の源
病院に行けば、各科毎に分かれていますが奥が深く
各分野とも直結しているので分割して行える治療ではないそうです。
ですから、海外では国が重要ポイント・必要性を重視し一貫した医療設備、体制の中で行うのが通常の形式らしいです。
特に、子供の脳関係の病気は
・発見しづらい
親も
・何処に行けばいいのか分からない
近くの医師に診察してもらっても
・医師も「わからない」から「誤診」も多い
頭部の誤診は、一歩間違えば
身体的障がいや知能的障がいが一生残ります。
堂々巡りで
最初に戻り
「何処へ行けばいいの?」となるわけです。
では、私の場合でいうと病名が判明したのは
既に26年前
その9年前から異常を感じ
紹介された市の総合病院に通っていました。
ですから
35年前です。
まず、市の総合病院に行ったとき
「脳外科」はありませんでした。
紹介された科に行き、三ヶ月目に看護師の友人から
「se~ちゃん それ誤診だ、そんなに変わってどうすんの?
結婚前から何ダース子供産むつもり?即止めて!」
その後、隣市の総合病院、個人医院を転々としたけど
サッパリで
市の総合病院に逆戻りし各科を転々
やっぱりダメで
東洋医学のカイロプラクティックへ行ったら
3回目の施療で
「saitoさん 頭に嫌なモノを感じるから総合病院でCT撮ってきて!!!」
~エッ まさか だって先生 今もソコ通ってるよ、それに脳外科無いでしょう」
「いや今あるよ。。。出来たから。。。」
だまされたツモリで行き
~~~事情でCT撮るように言われたので~~~
★何処の誰に言われたの?腫瘍?無いです!★
☆それでも何とかお願いします!☆
予約とれて脳外科行けば
先の科と同様に、さんざんコケにされ
撮れば撮ったで
「一週間後に結果でますから、それ以降予約して来て下さい」
が
翌日イキなり
「すぐ来て下さい!家族と一緒に!!」との電話着
↓
★なんでこんなに大きくなるまで放っておいたの!?子供の拳くらいの大きさの脳腫瘍です!それに場所が悪い、脳下垂体というところで一番重要で手術が難しい場所です!★
↓アタマ真っ白
↓(こころの言葉)
もう9年も ココ通っているんですけど。。。だれも気づいてくれなかったんです
↓
情報収集
Y大へ
そう
今でも同じで
地域の格差を痛感しました。
Y大への通院も2年目となり、経過と我が家の状況
私も一人で通院するには限界を感じている点を説明しました。
それに対して担当医のDr.I医師はこのように説明して下さいました。
T大と同レベルの検査はY大でも可能だが
検査はできるが、その結果を理解し治療できる人がいない。
残念ながら、県内にその設備があるのはY大だけなので
腫瘍そのものは、大きくなっていないので
ちょっと遠いけどもう少し通ってみて検査しませんか?
分かりやすい言葉でした。
ならLet’s ラ Go となりますよね。
申し訳ないけど、ホント楽しいんです。
友達と会えるし、ストレス解消には最高!
MRIするとクリップのメモリが動くんだって
平成20年 9月 脳梗塞と診断されN病院で開頭手術をしたのですが
いつになっても起きることも記憶も戻らず
再度検査依頼をしたところ
水頭症と診断され
11月にクリップを埋め込無手術をしました。
その後
回復が早く、走ることも可能で
記憶も戻りました。
ただ、残念な事に
左目を失いました。
この説明は、私も家族にもナンの説明も無く
眼科の検査にいくことになり
そこでも意味不明の言葉を言われました。
頭の中が
真っ白!!!でした。
告げられた言葉は
・その目は死んだ目だから引っ繰り返る
・治る?死んでるから治らない
・どうしてこんな手術をしたのか
・私はタッチしていないので分からない
今年 左目は、かなりの角度で引っ繰り返ってきたようです。
9年目にして眼科の医師に、当時の言葉の意味を質問してみました。
↑と同等の心温まるww解答でした。
。。。。〇。。。。。。。。〇。。。。。。。。〇。。。。。。。。〇。。。。。。。。〇。。。。
その後、何年もMRI検査をして頂けなかったので
検査をお願いしたのですが、断られました。
当時は?だったのですが、今考えてみるとメモリが動く
動いたら戻さなければならないワケです。
Dr.Iは、MRI検査後の診察時に必ず修正してくれます。
帰りのバス時間を気にして下さり
メモリ数値があっているか
必ずCT室まで機器一式持ち込みで先生が来てくれるのです。)
医療は日々発達していて
脳腫瘍の原因なんて分かりませんでした。
が、
今は確定ではありませんが
10歳くらいの時、中型トラックに後ろから
ランドセルを持ち上げられ
人家の屋根くらいまで上がったそうです。
でもランドセルに助けられ
無傷でした。
今から50年近く前に
救急車も無かったと思いますし
多分生命保険なんで入ってなかったと思います。
運転手の方が近くの医者につれて行ってくれましたが
私はパニック状態で
車から降りることも出来ませんでした。
その後、毎朝枕元に鼻血の痕跡が出て
総合病院で検査するにしても
当時は「心電図」か「脳波」←あったのかな?
が限界ですよね。
大きな病院に行くと
色々な難病と思われる方に出会います。
その時思うのは
~もし 私が この人の立場だったら~と考えてしまいます。
悩んで、苦しんだと思います。
家族がいれば
その立場の心配や苦労があり
それを乗り越えられる苦労ならまだしも
期日のない、答えの無い苦労をしながら生きて来たんですよね
本当に、ご苦労されたと思います。
先日のY大で意気投合した赤ちゃんと合った時
数年前にあったことを思い出しました。
今考えてみると
おそらく
その子?は この難病だったのかな・と思います。
聞き違いであってほしいけど
Babycarからの
あのClearな透き通る歌声が忘れられません。。。
私の場合は当初検査で成長ホルモンの数値が上がっているということで
~先端巨大症~を疑われたようでした。
私なんて当たり前に過ごしてますが
ホントに、病気にかかわらず
いろんな苦労を背負っている人がたくさんいるんだな~と思います。
一見、幸せそうに見える人も、そうでない人も、生きて行くって本当に大変ですね。
だからこそ後悔は少なめに。。。
今日も「山強制放棄」時の、家族を愚弄した対応は耐えられません。
バタンは避けたいので、年内に片付けること!を目標に
樹木医さんのカード名刺と
ふた~つだけは、実行しま~す。
年末に入り、今年も失敗だけらだったけど
その分、少しは学習したような気がしますw
せばまだの~♫